緑区おさんぽ②
〜鳴海の町並み〜

歴史の名残りを感じる町並み
鳴海の魅力をガイドと巡る

桶狭間の合戦ゆかりの地であり、東海道40番目の宿場町としても知られる「鳴海」。今回は、当時の名残りをとどめる風情ある街並みを散歩しました。

案内してくださったのは、鳴海の観光ガイド「鳴海歴史倶楽部」の岩田宗広さん(77歳)。この地で生まれ育った岩田さんに、鳴海の深い歴史と見どころをたっぷり教えていただきました。

案内してくれた鳴海歴史倶楽部の岩田さん

名鉄鳴海駅を出発し、まず目に飛び込んできたのは扇川です。川の下流には土場跡があり、江戸時代には酒や絞り製品が小舟で運ばれていたという活気ある当時の様子がしのばれます。

さらに北へ歩を進めると、復元された屋根付きの高札場が見えてきます。宿場の中央に位置するこの場所には、かつて高札場があり、幕府や藩の重要な法令を人々に知らせていました。

復元された高札場

そこから坂を上った一帯は、かつて鳴海城があった場所です。現在は、城の東側に「天神社(あまつかみしゃ)」、西側に「鳴海城跡公園」が整備されています。

天神社には、鳴海城築城に伴い移転した成海神社の跡碑や、松尾芭蕉の歌碑が3基たたずんでいます。高台にある鳴海成跡公園からは、穏やかな町並みを一望することができます。

鳴海城の東側に位置する天神社
鳴海城の西側に位置する鳴海城跡公園

鳴海城跡公園を後にして、次に向かったのは善照寺砦跡です。

鳴海城はもともと織田信長の父・信秀が築城した城でしたが、信秀の死後、城主となった家臣の山口左馬助が今川義元に寝返ってしまいます。これに対抗するため、桶狭間の戦いの際に、信長が鳴海城を監視、包囲すべく築いたのが、「善照寺砦」、「丹下砦」、「中島砦」の3つの砦でした。

高い場所に築かれた善照寺砦跡からも、見事な町並みを眺めることができます。ここは桶狭間の戦いの際に信長が兵を集めたとされる場所で、階段の脇には当時をしのばせる砦や堀の跡が残っています。

織田方が兵を集めたといわれる善照寺砦跡
当時の砦や堀と見受けられるもの

善照寺砦跡へ向かう途中には、かつて「日本三大球場」の一つに数えられた「鳴海球場」の跡地があります。1936年に日本で最初のプロ野球公式戦が行われた、記念すべきプロ野球発祥の地です。現在は名鉄自動車学校となっていますが、当時の応援スタンドが今も残り、往事の面影を伝えています。

日本三大球場の一つ、鳴海球場の跡地

散歩の締めくくりは中島砦跡です。扇川と手越川の合流地点付近には、「中島城址」と書かれた石碑がひっそりと立っています。桶狭間の戦いの折、信長がこの砦を経由して進軍したという歴史的なエピソードの舞台となった場所です。

織田信長が経由したといわれる中島砦跡

名鉄鳴海駅へ戻る道すがら、手越川沿いを歩いていると、どこかほのかに潮の香りが感じられました。

岩田さんは「鳴海にはまだ紹介しきれていない見どころがたくさんあります。ぜひ一度足を運んでみてください」と、笑顔で呼びかけます。

今回のコースは約1時間半〜2時間ほど。

要望に応じたアレンジ案内も可能とのことです。

⚫︎料金:1人あたり1,000円。
    (ガイドは7〜8人につき1人派遣。少人数でも案内も可)

⚫︎問い合わせ:「鳴海歴史倶楽部」(☎︎090-1412-3251)

関連記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA